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東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)125号 判決

原告

鈴木恵之助

右訴訟代理人

西村隆雄

根本孔衛

杉井厳一

篠原義仁

児嶋初子

村野光夫

岩村智文

被告

右代表者法務大臣

住栄作

右指定代理人

平賀俊明

外三名

主文

一  被告は、原告に対し、一三万一八〇〇円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告の請求原因一ないし四は、いずれも当事者間に争いがない。そこで、被告の抗弁について判断する。

二〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  川崎北税務署長は、昭和五六年五月一四日、本件還付金の支払決定をし、川崎郵便局を指定して、これに本件還付金等の支払いを委託するとともに、その旨を原告に通知するため本件支払通知書を原告あてに簡易書留郵便により送付した(この事実は、当事者間に争いがない。)。

2  本件支払通知書は、同月一五日、郵便物集配受持郵便局である高津郵便局から原告宅へ配達されたが、受取人である原告が不在であつたため、原告宅玄関の扉の差込み口に不在配達通知書が差し入れられるとともに、本件支払通知書は同郵便局に留め置かれた。原告は、右不在配達通知書を受領したが、留置期間内に本件支払通知書を受領するため右郵便局に出頭しなかつたところ、本件支払通知書は、同月三〇日、川崎北税務署長へ返戻された(受取人である原告が不在であつたため、本件支払通知書が同郵便局に留め置かれ、同月三〇日川崎北税務署長へ返戻されたことは、当事者間に争いがない。)。

3  そこで、斉藤係官は、同年六月一日、本件支払通知書の受領を促すため、原告に本件葉書を郵送したところ、本件葉書は、原告宅があるアパートの一階に設置された原告の郵便受けの中に差し入れられて配達された。なお、右郵便受けは、外側からその内部に郵便物が入つているかどうかが見える構造で、最上段に設置され、旋錠されていなかつた。

4  同月三日、斉藤係官は、原告の妻と称する女性から電話連絡を受け、昼間働いているため受領できなかつたので本件支払通知書を再度送付してほしい旨要請された。そこで、斉藤係官は、同女性に対し、郵便局では夜八時までは事務を取扱つているので今度は必ず受領するよう念を押し、原告の住所を確認した上、同日、原告あてに本件支払通知書を簡易書留郵便により送付した。ところが、今度も原告が不在であつたため、本件支払通知書は高津郵便局に留め置かれ、留置期間満了後である同月一六日、川崎北税務署長へ返戻された。なお、原告の妻であつた鈴木美智子は、昭和五五年四月二三日に死亡していた。

5  ところが、昭和五六年七月六日、原告の妻と称する女性が川崎北税務署に出頭し、斉藤係官に対し、多忙で本件支払通知書を受領できなかつた旨述べて、その交付方を求めた。斉藤係官は、これを受けて同女性に対し、身分を証するものを呈示するよう求めたところ、同女性は、斉藤係官が原告に郵送した本件葉書を呈示した。斉藤係官は、同女性から本件葉書を呈示され、しかも、同女性が以前電話連絡をしてきた女性と同一人物と思われたことから、これを原告の妻と信じ、それ以上同女性の身分を証するものの呈示方を求めなかつた。そして、斉藤係官が同女性に対し、支払通知書の返戻整理簿に署名押印するよう求めたところ、同女性は美智子と署名し、鈴木と刻印された印章を押捺した。そこで、斉藤係官は、同女性に対し、本件支払通知書を交付したが、その際、本件還付金等の支払郵便局が川崎郵便局となつているがそれでよいのかと尋ねたところ、同女性は、勤務先が川崎なのでそれでよい旨答えた。

6  同日、受領年月日及び原告の住所・氏名が記載され、鈴木と刻印された印章が押捺されている本件支払通知書(乙第九号証)の所持人が、これを川崎郵便局に差し出し、原告本人として本件還付金等の支払いを請求し、本件郵便局職員はこれを受け、右所持人が正当の権利者であると信じて本件還付金等を同人に支払つた。

7  ところで、川崎郵便局では、通常、正当の権利者の請求であることを確認するために、請求者に対し身分証明書、運転免許証、健康保険証、預貯金通帳、通勤定期券、診察券、住所氏名の分かる領収証、複数の郵便物等の呈示を求め、右確認をした場合には、右呈示を受けたものの番号等を国税還付金支払通知書の裏面に記載する取扱いをしていたが、本件支払通知書の裏面には右のような記載がない。

三以上の認定事実に基づいて、まず、被告の抗弁一について検討する。

この点につき、前記二6の事実に加え、本件支払通知書に記載された原告の住所及び原告名の署名が原告の自筆によるものであると思う旨の原告本人の供述(第一回)がある。しかしながら、右供述は、本件支払通知書自体を示された上で行つたものではなく、本件支払通知書中右記載部分のみ及びその他原告の提出に係る確定申告書又は支払通知書に記載された原告の住所及び原告名の署名部分をそれぞれ抜き出してコピーしたもの(乙第一二号証の一)を示された上で行つたものであり、しかも、本件支払通知書中右記載部分のみならず、それ以外の四個の原告の住所・氏名の記載及び原告方アパート一階の郵便受けに表示された原告の住所・氏名の記載をも原告の自筆によるものと思うと供述しているが、本件支払通知書中右記載部分とそれ以外の右五個の記載とは必ずしも筆跡が類似しているとは認められず、その供述態度もあいまいであることに照らせば、これをにわかに信用することができない。また、原告の妻と称する女性が、原告方アパート一階の郵便受けに配達された本件葉書を何らかの経緯で入手し、更に右女性と同一人物と思われる女性が斉藤係官から本件支払通知書の交付を受けるに際し、返戻整理簿に原告の亡妻の名である美智子と署名し、勤務先が川崎である旨述べていることを総合すれば、右女性が原告の生活状況を知つている者であることを推認することができるが、それ以上に、原告が、同女性に対し、本件支払通知書の受領方を依頼したことや同女性が本件支払通知書を入手したことを了知していたこと等の事実まで推認することはできず、他に抗弁一の事実を認めるに足りる証拠はない。

四進んで、被告の抗弁二について検討する。

1  本件郵便局職員が、昭和五六年七月六日、本件支払通知書の所持人から本件支払通知書を差し出されて本件還付金等の支払いを請求され、これを同人に支払つたこと、その際、本件郵便局職員は右所持人が正当の権利者であると信じたことは、前記二6で認定したとおりである。

2 国税還付金等支払規則三条二項の規定によれば、国税資金支払委託官が指定した郵便局(支払郵便局)は、過誤納金の還付金等の受取人からその支払いの請求があつたときは、国税資金支払委託官から受取人が送達を受けて支払郵便局に提示した国税還付金支払通知書と国税資金支払委託官から支払郵便局が送付を受けて保管中の国税資金支払委託書とを対照し、かつ、正当の権利者の請求であることを確かめた上これを支払うものとされている。そして、前記二7で認定したとおり、正当の権利者の請求であることを確認するために、川崎郵便局では、通常、請求者に対し、身分証明書、運転免許証、健康保険証、預貯金通帳等の呈示を求める取扱いをしているところ、右取扱いが現実に行われれば、仮に請求者が正当の権利者でなかつたとしても、同人に対する支払いについて通常要求されるべき注意義務を尽くしたものとして過失がないと解するのが相当である。

そこで、本件還付金等の支払いにつき本件郵便局職員に過失がなかつたかどうかについて検討するに、川崎郵便局では、通常右にみたとおりの取扱いをしていたことが認められるものの、他方、前記二7で認定したとおり、川崎郵便局では、通常、正当の権利者であることを確認するための右処置を行つた場合、支払通知書の裏面に呈示を受けたものの番号等を記載していたが、本件支払通知書(乙第九号証)の裏面にはその旨の記載がないのであつて、後者の事実に照らせば、前者の事実から本件還付金等の支払いにつき本件郵便局職員に過失がなかつたことを推認することはできない。〈証拠〉によれば、本件還付金等が支払われた日である昭和五六年七月六日は、年金・恩給の支給日であつたため川崎郵便局の窓口が相当混雑していたことが認められるが、同事実をもつて、右判断を左右することはできない。他にも本件還付金等の支払いにつき本件郵便局職員に過失がなかつたことを推認させるに足りる証拠はない。

3 ところで、被告は、本件還付金等の支払いにつき被告に過失がなかつたかどうかについては、川崎郵便局における支払いの時点で本件郵便局職員について判断すべきであり、かつ、それで足りる旨主張するので、一応、この点について検討する。

国税収納金整理資金に関する法律一三条の規定によれば、大蔵大臣は、過誤納金の還付金等の支払いに関する事務の一部を郵政官署に取り扱わせることができ(同条一項)、右支払いをする場合には、大蔵大臣又は大蔵大臣から委任を受けた国税資金支払委託官は、郵政官署を指定して、これにその支払を委託するとともに、その旨をその支払いを受けるべき者に通知しなければならない(同条二項)とされている。そして、国税還付金等支払規則三条一項の規定によれば、過誤納金の還付金等の受取人は、その支払いを受けようとするときは、国税資金支払委託官から送付された国税還付金支払通知書に受領年月日及び住所を記載し、かつ、記名調印して国税資金支払委託官が指定した郵便局(支払郵便局)に差し出して支払いを請求しなければならないとされている。

以上のように過誤納金の還付金等の支払いが一連の手続として行われ、右手続に数人の者が段階的に関与していることから考察すると、右手続に関与する各人の過失は、いずれも弁済者側の過失として評価され、右一連の手続のいずれかの部分の事務担当者に過失があるとされる場合は、たとえその末端の事務担当者であるところの現実に過誤納金の還付金等を支払う支払郵便局所部職員に過失がないとしても、弁済者である国はその無過失を主張しえないものと解するのが相当である。これを本件還付金等の支払いについていうならば、川崎郵便局における支払いの前段階である本件支払通知書の送達の時点においても、右送達事務を担当する斉藤係官に過失がなかつたかどうかが判断されるべきこととなる。したがつて、被告の右主張は失当である。

4 そこで、原告の妻と称する女性に本件支払通知書を交付したことにつき斉藤係官に過失がなかつたかどうかについて、一応、検討を加えることとする。

弁論の全趣旨によれば、返戻された国税還付金支払通知書を交付送達する場合の取扱い方法につき、昭和五六年一月二一日開催の東京国税局全管統括国税徴収官会議において、東京国税局徴収部管理課長から各統括国税徴収官に対し、確定申告書の写し、身分証明書、運転免許証等の呈示を受けて還付金債権者本人であることの確認を確実に行う旨の指示が伝達されたことが認められるところ、右指示の内容は、国税還付金支払通知書を還付金債権者本人と称する者に交付する際に尽くすべき注意義務の具体的内容として正当であるばかりでなく、還付金債権者の代理人と称する者に交付する際に要求されるべき注意義務の具体的内容も右に準ずるものであつて、右措置をとらなくとも当該代理人と称する者が還付金債権者本人から受領代理権を授与されていることをうかがわせる特段の具体的事情が認められない限り、右確認の措置をとらないでした支払通知書の交付には過失があると解するのが相当である。

右見地から本件をみるに、斉藤係官は、原告の妻と称する女性から本件支払通知書の交付方を求められた際、同女性に対し、身分を証するものを呈示するよう求めたが、同女性から本件葉書を呈示されると、それ以上同女性の身分を証するものの呈示方を求めなかつたことは、前記二5で認定したとおりである。そして、本件葉書が配達された際それが差し入れられた郵便受けの設置状況からみて、本件葉書を原告以外の者が入手することはありえないとは必ずしもいえず、また、右女性が原告の生活状況をある程度知つている者であれば、斉藤係官の質問に対し、勤務先が川崎である旨答えることも別段不可能なことではないことに照らして考えると、右女性が原告の妻であることをうかがわせる特段の事情は何ら認められないという外はなく、結局、斉藤係官には、右女性に本件支払通知書を交付するにつき正当の権利者又はその代理人であることの確認を怠つた過失があつたものといわざるをえない。

5  以上により、いずれにしても、前記1の本件還付金等の支払いをもつて債権の準占有者に対する弁済として有効と解することはできない。

五原告は被告に対し、確定申告書提出の日の翌日である昭和五六年四月二四日から支払済みまでの還付加算金の支払いを求めているが源泉徴収税額の控除不足額の還付に係る還付加算金は、確定申告書がその確定申告期限後に提出された場合にはその提出の日の翌日からその還付のための支払決定をする日までの期間について計算することとされている(所得税法一三八条三項、国税通則法五八条一項)から、右請求のうち本件還付金の還付のための支払決定をした日の翌日である同年五月一五日以降に係る部分は、法令上の根拠がなく、失当である。

六よつて、本訴請求は、本件還付金及びこれに対する昭和五六年四月二四日から同年五月一四日まで年7.3パーセントの割合による還付加算金五〇〇円の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条並びに民事訴訟法八九条及び九二条但書の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅弘人 杉山正己 立石健二)

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